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おしるこに餅が入っていない
「正月」、もっと正確に伝えるなら「正月気分」には、新しいことや初めてのことをやる気にさせる、不思議な力を持っていると思う。仕事始めの午後、自販機から伊藤園のお汁粉「大納言」を手にしたとき、その力(フォース)を感じた。喉が渇いて立ち寄ったはずなのにな…。

おしるこ

お汁粉。モチの食べ方としては、きな粉(ただし砂糖少なめ)と双璧をなす。でも30年あまり生きてきて、これまで缶に入ったお汁粉を食べたことはなかった。清涼感を求めて不二家のネクターを飲む道理はない。それと同じで、ドロドロした飲み物で暖まろうという時はコーンポタージュを選ぶのが道理だ。だから自然と、僕と僕の周りに、自販機でおしるこを買うというハプニングは起きえないのだ。しかし今日、間違いなく僕の意思でこれを買った。なぜか?正月だからとしか説明のつけようがない。太陽がまぶしいことを理由にするより、ずっと説得力がある。また、大和魂が「正月=お餅」という脊髄反射を引き起こしたのではない。いつの間にか手にしていたなどという意志薄弱なものではなく、確かに自由意思で購入ボタンを押下した。これはまさに正月気分が僕の背中を押したのだ。

缶を手に、正月らしく清々しい気分で休憩所の席についた。まず、あつ~い缶で手のひらを温めるのは古今東西問わずだろう。さらにモモとモモの間で挟むかしばらく考えた後、なんとなくやめることにした。気が急く。沈殿した内容物を攪拌した後、いつもより丁寧にふたを開け、口を付ける。ああ缶の不快な香り。気を取り直して飲む。小豆。モチが出てこない。体が暖まるのとは逆に、頭が冷静になる。もし白玉でも入っていたら、喉に詰まるだろうね…と。成分表を確認したが、確かに餅は入っていないようだ。しかし缶のデザインには、はっきりと餅が…釈然としない。消費者をだましているような気がする。一方、騙す側(伊藤園サイド)で缶を見直すと、「この白いのは餅ではないですよ、表面を光が反射しているだけです^^」と言い切ることができそうだ。僕はこれが餅であると証明する力を持っていない。

でも伊藤園にわずかに残る良心を信じ、メールで問い合わせることにした。返事が来たら記事にしようと思う。

1)缶にデザインされている器の中の白い物は、もしや光の反射ですか?
2)お餅が入っていないのは、やさしさからですか?
3)時々感じるお餅っぽいドロッとした食感は、信仰のたまものですか?

ついでに、なぜ小豆のことを大納言と呼ぶのか、缶の側面に書いてあった。大納言とは最高品質の小豆を指すらしい。茹でても皮が破れない品質から、皮を腹と見立てて、切腹させられることのない最高官位の「大納言」と呼ぶようになったそうだ。うまい!(美味いと上手いをかけた)←うまい。

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缶はくずかごにステマしょう。
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[2012/01/08 08:21] ごはんいろいろ | トラックバック:(0) | コメント:(0) |
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